四季折々の植物の話。



仏 Narcisse / 英 Narcissus

年が明け、冷たく張りつめた空気が流れるようになると、花屋にはチューリップやヒヤシンスなどの球根植物が並びはじめる。ヒガンバナ科のスイセンもそのひとつ。品種改良などにより、さまざまな色やかたちに分かれおよそ20種がある。ニホンズイセン、ラッパスイセン、クチベニスイセンなどが有名。原産地は種類により中央ヨーロッパ、中部地中海周辺、中東といわれ、現在は地域によっていろいろなスイセンが自生、あるいは栽培され、主に鑑賞と香料として利用される。日本には中国を経由して入ってきたといわれている。球根部分は有毒なために、フランスでは薬物として扱われる。南フランスでは早春の訪れを告げる花、ミモザの時期に、春になる前の山間の景色に黄水仙が彩りをそえる。高地の冷たい空気にすらりと伸びた緑色の茎の先に咲く黄色い可憐な花は気品があり愛らしい。

学名はギリシャ神話のひとつ美少年のナルキッソスに由来している。水面に映った自分自身に恋をしてしまう逸話から、水辺でうつむきがちに咲くスイセンがその名となった。ナルシストという言葉もそこから生まれた。また、ギリシャ語のmarkéに由来し、スイセンは眠りを誘う香りを持つとも言い伝えられている。
クチベニスイセン(Narcissus Poeticus)はフランスの中心部、オーベルニュ地方の山の連なる700~1000メートルの高地に自生する。
これとフサザキスイセン(Narcissus Tazette)の2種から溶剤抽出法で採取された香料はナルシスアブソリュートと呼ばれ、深緑の粘性のある液体となる。採取の際に茎や葉の部分もとられるため、強いグリーンノートに土臭さ、ほのかなフローラルと微量のアニマル調の香りも感じられる。カーネーションやヒヤシンスなどを思わせるコクのあるフローラルグリーン調の香り。
花の香りが最も強いキズスイセン(Narcissus Jonquilla)はグラース近郊とモロッコで栽培されていてほのかにエニシダや苔、スモーキーさを感じさせる。現在はごくわずかしか採取されないため、より貴重で高価な香料となった。キズイセンから抽出されるジョンキルアブソリュートは濃いオレンジ色で香りは重厚。

調香師エルネスト・ダルトロフを世に知らしめたキャロンの香水 Narcisse Noir /ナルシスノワール(黒水仙)(1911年)は、およそ一世紀にわたって愛されている香水。リッチなフローラルに黄水仙が官能的でしとやかに香る。女性の穏やかさや優美さを演出する、クラシカルな香りはフォーマルなシーンによく似合う。
対して、2009年にパリに誕生した話題の新パフューマリー、Maison Francis Kurkdjian/メゾン フランシス クルクジャン の Lumière Noire pour Femme/ルミエールノワール プール ファム。光と闇という相対するものをテーマとした香りは、フローラルシプレタイプ。スパイシーな中にスイセンの爽やかなグリーントーンが冴える。

春を迎える前のまだ寒さの続く季節、すっと佇み、花を咲かせるスイセンは、時間を、静かにゆったりと楽しむ気品のある女性を想わせる。

 

 
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