四季折々の植物の話。



仏/英 Iris

5月になると様々な花が開花をはじめ、その色彩と香りで我々を楽しませてくれる。優雅な雰囲気を漂わせるイリスもその盛りを迎える。背の高い茎から咲き、紫や、黄色、白などの色で、フランスの庭園を彩る花としてもポピュラー。花の香りは粉おしろいのようなエレガントさを湛える。ワインの香りの表現にも登場し、実際昔はイリスで香りづけをしていた。

和名は匂い菖蒲(においあやめ)。英語ではアイリス、フランス語ではイリスと呼ばれる。学名はIris Pallida。アヤメ科で品種も多く、日本にもカキツバタ、アヤメなどがみられる。香料の原料として用いられるものは、ムラサキイリス、シボリイリス、ニホヒイリスのなどの品種で、イタリア、モロッコ、フランスなど地中海文化のシンボルとされている。16世紀のフランス国王アンリ2世の王妃、カトリーヌ・ド・メディシスは芸術をこよなく愛し、フランスの文化発展にも貢献した人物。彼女が作らせた香り「王妃の水」はイリスの香水であった。

香料となるのは根茎部分だが、採取しただけでは香りはなく、それを乾燥させ、水蒸気蒸留法で精油もしくはイリスバター(固形脂肪質)として採りだし、数ヶ月〜数年間保管することで香りが生まれる。栽培に時間がかかり、イリス根から得られる香料はわずかな量である。その生産工程と収穫高の低さから、最も高価な香料のひとつであるため、市場に出回る大量生産の香水に天然香料が使われることはなく、少量生産の高級香水に限って用いられている。香りの主成分は、イロン、酸性ミリスティック。イリスの合成香料は、各香料会社によって開発されており、フランスのジボダン社、フェルメニッヒ社などが得意としている。

香水の世界では、粉おしろいのようなマットでドライな香りのカテゴリーを、パウダリーノートと呼ぶ。このノートはシトラスノートと並び最も古くから存在し、イリスはこれに属する。同ノートのスミレと比較すると、軽めでグリーン、ウッディ調の落ち着いたパウダリーにほのかにドライ、オイリーさが感じられる。フローラルやウッディノートとよく調和し、ラストノートを、優雅でリッチな印象で演出する。

Chanel シャネルのN°19は、1970年に発売されて以来、N°5に続くヒット香水であり、シャネル二代目の専属調香師アンリ・ロベールによるもの。ガブリエル ココ シャネル自らがチョイスした最後の香水で、番号の"19"は、彼女の誕生日(8月19日)にちなみ、晩年本人もプライベートで愛用していたそうだ。ヒヤシンスやジャスミン、ローズ ド メやガルバナムなどのリッチなフローラルグリーンノートに溶けこみつつ、イリスの上品なパウダリーさがラストでベルベットのような質感を感じさせる、知的なエレガンスが際立つ香り。2011年には三代目調香師ジャック・ポルジュによって、N°19 Poudré が発表された。オリジナルに比べ、ムスクとの調和が特長だが、いずれも要となるのは、シャネルの自社農場で栽培している希少なイリスである。
1913年イタリアのパルマで生まれた香りのブランド Aqua Di Parma 。Iris Nobile/イリスノビル (2004年) は、イタリアで気品と王家の伝統を語る花、イリスに、スターアニスやオレンジフラワー、スギなどが、優しく香る、現代的なパウダリーがデリケートな印象の、フローラルウッディー調の香り。

空に向かって背伸びするように花開くイリス。その高貴なパウダリーの香りを、初夏の肌にさらりと纏いたくなる。



 

 
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